こんにちは、ゆきひろです。
梅の花が咲き誇っていますね。梅は別名で、風待草、や 百花魁、好文木 、香雪 、春告草、花の兄などというそうです。
季節感があって情緒がありますよね。
さて、今日の話ですが、
宮沢賢治さんの遺作「雨ニモマケズ」という詩をご存知でしょうか?学校の本にも出てくるので知っている方は多いと思います。
この「雨ニモマケズ」が、「メディア発信」や、「ウェブマーケティング」と深い関わりがあり、「理想の姿勢」を示してくれていると考えています。
それを私が勝手に「雨ニモマケズ」マーケティングと定義しました。
今回はこの素晴らしい詩が、これからメディア発信していく人たちの支えになることを証明していこうと思います。
まず全文を現代語訳で引用させてもらいます。
「雨ニモマケズ」
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けず
丈夫な体を持ち
欲はなく決して怒らず
いつも静かに笑っている
1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れず
よく見聞きし 分かり そして忘れず
野原の林の下の蔭の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに私はなりたい
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩
まず、一番関連性があると感じたのは、後半に通じる「利他の心」です。東西南北、困っている人がいたら助ける。こういった精神がメディア発信する上で非常に大事だと感じました。なぜなら、インターネットというテクノロジーの源流にあるのは、この「利他の心」だからです。
誰かの役に立つ情報、誰かを救う情報をインターネットテクノロジーで共有することで、相互に助け合えるようにしているわけです。
しかも、誰かを助けるために共有された情報は、そのまま、同じように困っている人にも共有されていきます。つまり情報をシェアできるわけです。
昨今は、シェアハウスやカーシェアリングなど、「シェア」することが当たり前の世の中になってきましたが、大元は「情報のシェア」からインターネットテクノロジーが始まっています。それは誰もが感じていることでしょう。
もしも、宮沢賢治が生きていたら
もし、宮沢賢治が生きていたら、きっとこんな風に言うのではないでしょうか?
「最近はテクノロジーが発達したから、南や北にわざわざ行かなくても、ブログ発信してたくさんの人を救えるから、インターネット最高だよ。この前も南に死にそうな人がいたから、怖がらなくていいよってブログで発信したよ。そしたらそれを見た北の人も助かったってコメントくれたよ」っていう具合に。
この「利他の心」を育んでいれば、インターネットテクノロジーと正しく向き合えると思うのです。
そして冒頭の部分は、そういった精神を育むための基本である「体と心」を整えることの重要性を言っています。パソコンばかりやっていると「体」は鈍ってきますから、必然的に「心」も濁ってきます。玄米も食べ方を気をつければとても体に良いです。(ちなみに無農薬の発芽玄米や酵素玄米がオススメです)
そして、よく学び、教養を育むことを薦めています。(教養を育むとは、ただ本をたくさん読むとか、勉強をたくさんすれば良いわけではなく、学んだことを日常の生活に活かすことです。)
日々学びを深めていけば、必然、その知識を他人にシェアして、人の役に立つことができるからです。
皆にデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに私はなりたい
最後のくだりは、法華経の精神を表していると言われています。
これをメディア発信に置き換えると、
例え、誰からも感謝のことばをもらわなくても、誰にも気に留めてもらえなくても、何も出来ないやつだと思われても、「利他の心」を常に持って発信していく、そういうものに私はなりたい。
という感じでしょうか。
自分のメディアをもって、発信をはじめる動機として、「有名になりたい」「褒めてもらいたい」「認めてもらいたい」という気持ちで行なう人がいると思いますが、そういった気持ちで発信をはじめると、期待が生まれてしまいます。そうすると、それが得られなかった時にガッカリしてしまい、メディア発信を継続することが困難になります。
煩悩を捨てることは、難しいとは思いますが、
南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩
を朝晩唱えて、自分のマインドをそのような気持ちに整えていく。宮沢賢治もそのようなことを思って最後に念仏を唱えているのだと思います。
斉藤宗次郎というモデル
この「雨ニモマケズ」はモデルがおりました。斉藤宗次郎という方です。
彼は、まさにこの詩を体現している人だったらしく、宮沢賢治はこの人みたいになりたいと思い、詩を書いたと言われています。
斉藤宗次郎さんは、岩手県花巻市の曹洞宗のお寺に三男坊として生まれました。しかし後にキリスト教の伝道者となります。
当時キリスト教は、迫害を受けており、宗次郎さんも国賊と避難され、宗次郎さんの子供も「耶蘇の子」呼ばれ腹を蹴られ、それが原因で腹膜炎を起こし9歳という若さで命を落とします。さらに日露戦争目前の時代に、反戦運動をおこしたことで、何も悪いことをしたわけではないのに教師の職から追放されてしまいます。
その後、新聞配達の仕事をなんとか得て、朝3時から夜の9時まで働き、毎日40キロ新聞配達をしながら、多くの人を助けます。10メートル移動しては、祈りを捧げていたとも言われています。それこそ宮沢賢治の詩のように東西南北、困っている人がいたらそこに行き、人々に手を差し伸べました。
そんな斉藤宗次郎さんが、20年間続けた新聞配達をやめて、東京に上京する日がやってきます。
宗次郎さんは、見送りに来る人など誰もいないだろうと思って駅に向かったところ、そこには花巻の大勢の人たちが見送りにきていたというのです。
町長をはじめ、街の有力者、教師や神社の神主、僧侶、さらには一般の人たちから学校の子供たちまで、宗教や世代を超えて駅には溢れんばかりの人で埋め尽くされていたとのことです。
花巻の人たちは、宗次郎さんの普段の行いをみんな見ていたんですね。
現代の我々も、宗次郎さんを見習い、自分の信念を持って人のために行動することが必要だと感じます。人と人が助け合えるテクノロジーをすでに我々は持っているわけですし、この「雨ニモマケズ」マーケティングを使って情報発信をはじめれば、宗次郎さんが助けた数百倍の人たちを救うことだって可能だと思います。
しかもそれは半永久的に残っていくのです。
マーケティングという言葉を使うと、商売っ気がある印象を受けますが、マーケティングの本質は「人に価値を届ける」ことですので、ぜひそういった気持ちで発信をしてほしいなと思います。
私は、この映像メディア制作塾を運営していくことで、「利他の心」を持って発信する人が増えたらいいなと思っています。
ぜひこのマインドをシェアして、お互いが支え合える社会を作っていきましょう。
個人も企業も自分のメディアを持つと、人生が変わります。
特に動画メディアは、これからの時代、必須のスキルです。
自己紹介では、自分のメディア理念を話しています。ぜひご覧ください。